安清、非募集。

……待って、それ女物じゃないの？
(暫く経ってから呼ばれれば少しはマシな物をとあれこれ物色していた手を止めて歩み寄るも、差し出された寝間着を見れば引き攣った笑みを浮かべながら問いかけて。ねこ耳を摘まんでますます表情を強張らせた後ショートパンツに目を移せば、その瞬間思わずこの寝間着を着ている相手の姿を想像してしまい、期待と罪悪感と“でも自分は着たくない”という感情が入り混じって。無言で手を離しては想像してしまったことへの負い目からか相手の目を見ずに、心なしか朱に染まった顔をそらして小さな声で反論し始めて。)
これじゃ脚、出過ぎだし……そもそも女物なら僕たち着られないんじゃない？身長とかさ。

(/どういたしまして^^ こちらこそ、これからもよろしくお願いします！
では一旦失礼しますね〜！)

はあ？そんなの当たり前じゃん、今更何言ってんの？
(女物か確かめてくる相手にこともなげに言い返すと、まるで相手が可笑しなことを言ってきたとばかりに不思議そうな表情をして。可愛く愛される存在にという意識より先に相手に好かれたいという願いが先行してしまったことから、異性へのコンプレックスを払拭するような形で無理矢理女物の髪留めやら化粧品やらを使うなど最早長年の積み重ねの中では普通のこと以外の何物にも感じられなくなっており、だからこそ抵抗感も何もなく異様にファンシーな寝間着を相手に勧めているようで。寝間着が気に入らなかったのだろうか、此方を見ようとしない相手に少々寂しさを感じるもののすぐにそんな気持ちに踏ん切りをつけ半ば押し込むようにして相手もろとも更衣室になだれ込むとカーテンに仕切られた部屋の中相手に先程の寝間着を宛がって。)
普通の女物じゃ入らないからここ来たんでしょー。ここ、大きいサイズでも可愛い服があるって女の子たちに教えてもらったんだよね。前からこういうのに興味あったけどやっぱサイズがネックで手出せなかったからさ。…あ、もし足出すのに抵抗あるならお揃いのニーハイも売ってたけど？ニーハイだけ色取り換えっこしても可愛いかも！

当たり前って……うわっ、何するんだよ、
(まるでこちらの疑問がおかしいとでも言いたげな言葉に呆気に取られた隙に試着室へと押し込まれてしまい、反射的に眉を顰めて声を上げ。それでもサイズの話を持ち出し説得する手も封じられてしまえばもはや為す術もなく、確かめるように寝間着をあてがわれたところでようやく観念したように深い溜息をつき。相手の好きにさせておきながらも不満を口にすることだけは忘れず、無駄に触り心地の良いパーカーを触りながら「お前にこの店を教えた女子たち、許さない」と拗ねたような口調で呟いて。しかしニーハイという単語を聞いた途端またもや相手の姿を想像してしまい、隠す間もなく赤らんだ頬を晒せば周囲に聞こえぬよう小声でありながら語気を強めるという器用な真似をしてみせて。)
ばか清光、そういう問題じゃない。

じゃあどうすれば満足な訳？面倒臭いなぁ…いいじゃん、お前こういうのも似合うんだし。
(ニーハイという処置にもどうやら不満らしい相手の言葉に困ったように眉を寄せると小さく溜息をついてからまるで相手が駄々を捏ねているような口ぶりで言葉を漏らし。しかし何だかんだできっと自分が本気で推してしまえば相手は結局折れてくれるはず、そんな考えがあるからかおもむろに自分の首に巻いていた赤いストールを外すと羽織っていたジャケットを脱いで。「ほら、さっさと試着してみろよ。一応このサイズで入ると思うけど、レディースだし合わないところがあったら後で困るだろ？」相手を急かすようにくいと顎を動かしながら既にインナーの上から寝間着のパーカーを着てしまっており。わざわざレディース物でも自分が着れるだろうサイズより大きめを選んだお蔭で思った通り可愛い子ぶった萌え袖が完成しており、そのことに嬉しそうに袖を摘まんでから自分のベルトに手を掛けると続いて下も試着するべくそれを外し始めて。)

丈の長いやつにすればいいだろ。
(自分が着たくないのもあるがそれ以上にそんなにも肌を露出させた格好で相手に同室に居られては平常心を保てる自信がなく、可愛らしい柄や素材やねこ耳は妥協しつつもショートパンツだけは頑なに拒んで。決定事項のように話を進められ試着を促されれば文句を言おうと口を開くものの所謂萌え袖が目に入った途端一気に心が揺らいでしまい、まんまと相手の思う壺になったような心地がして面白くない反面それ以上抗う気にはなれず文句の数々を呑み込んで。自分のプライドやらこの寝間着を着た相手の可愛さやらを天秤にかけた結果ようやく心が決まったのか「わかった、もうこれでいいから」と渋々了承するも、躊躇いもなくベルトを外していく相手を見れば慌ててその手を掴んで制止して。いささか無防備すぎる相手に“男として意識していないのだ”と突きつけられたような気がして、八つ当たりだとは分かっていながらもわずかな苛立ちをぶつけ。)
…サイズは大丈夫そうだし、試着はいいだろ。こんな狭いとこで何考えてんの……っていうか清光、何も考えてないよね。ちょっとは危機感持ちなよ。

――考えてるに決まってるだろ。一体いくつから可愛く見える様に計算するようになったと思ってんの。
(やはり何だかんだで自分の案に折れてくれたらしい相手の言葉に満足していたのも束の間、殆ど外れていたベルトを外していた手ごと押さえ込んだ相手に顔を上げると何だか少し苛立っているような顔と目が合い。危機感などというものを訴えてくる相手に一瞬呆けた様に表情をなくすもののすぐににいっと口角をつり上げ。可愛く見える様に幼い頃から研究を続けていた自分が半密室の更衣室で二人きりの中服を脱ぎだしたらどう思われるか、なんてことが想像できない訳がなくて、相手の反応に満足そうに表情を緩めながら相手が自分のベルトから手を離せないのをいいことに胸板同士を押し付けるようにくっつけ、それからそっと耳元に囁きかけてやり。すぐに体を離しぱっと押さえていた相手の手を払うと今度は身なりを手早く戻し始めて。)
…まだ早いとか言ってたわりに、ちゃんと誘われてくれるのな。まさか好きとは言ったけど男だから無理、とか…だから先延ばしにしたとか、そういうのじゃないみたいでほっとした。

ッ…たち悪っ、
(突然身を寄せられたことで伝わってきた相手の体温やら微かに香る大好きな相手の匂いやらに加え、耳元で囁かれればわずかに身を強張らせてどこか悔しそうに短く呟いて。人を混乱に陥れておきながら目もくれずにてきぱきと身なりを整える相手を見ていればさすがに腹が立ち、その上相手を安心させてやれていなかった不甲斐なさも相まって下唇を軽く噛んで。にわかに相手の肩を掴んで壁側へ押しやったかと思えばその頭の真横の壁にもう片方の手をつき、精一杯低くした声で忠告した後すぐに相手を解放して。この行為が世間一般で言うところの“壁ドン”であるとは流行云々に疎い自分が知っているはずもなく、それ以上何か言うことはせずにポケットにねじ込んでいた財布を取り出して。)
──そうすることでお前が安心できるって言うのなら何度だって試せばいいけど、それでうっかり食われちゃっても文句言うなよ。

――ッど、しよ…なんか、すごくうれしい…！
(意図的に相手を誘うような行動をとったのは事実だが実際は相手がちゃんと意図したとおり誘われてくれるか、上手く誘えるかと不安に思っていた部分も多少なりともあったようで、目的が達成できたことに平然を装いつつ内心少しだけそわそわと落ち着かない気持ちで着替えを進めており。そんな中行動に移された恐らく相手にとって行為として意識はされていないだろう所謂壁ドンというシチュエーションに、何だかんだで少女趣味な展開にきゅんときてしまう自身にかなりの衝撃が走り。それだけではなく、低く囁かれた言葉は紛れもなく相手が自分を欲してくれていると分かるもので、愛されたいという願望が強すぎる自分にとって甘美なものでしかないその言葉に胸の辺りがじんと疼くのを感じれば思わずパーカーを脱ぎ捨てた下のシャツの胸元をきつく握りしめて。欲してもらえていると自覚することはとてつもない喜びへと変換され、呼吸が少し苦しくなってしまうほど胸にじんと響く甘い疼きにとぎれとぎれに言葉を漏らすと先程まで意識的に相手を煽っていた本人とは到底思えないほど、身体に満ちる歓喜にとろりと蕩けた瞳で相手を見つめて。)
なんか…求めてもらえてるのがさ、すごく嬉しくて。俺の価値、みたいなの感じられたみたいで…すごく気分良くなっちゃった。

へっ？……あ、うん、喜んでもらえて何より…？
(自分としてはいいように掌で転がされていたことへの意趣返しに少し脅かしてやるつもりであったため、予想していたものと違った相手の反応に動揺を隠せず困惑気味に頷いて。自分だって男なのだと警告するつもりがどういうわけか喜ばせてしまったようで正しく“解せない”といった表情で相手を見つめるものの、求められただけで幸せそうにその心の内を明かす相手を見ていると次第に状況を理解してきて、一層困惑の色を深めた笑みを浮かべればそっと視線を外し。相手がここまで喜ぶのは他でもないこの“自分に”愛され求められたからだという自負がある反面価値という言葉に引っかかりを覚え、相手にとって一番大事なのは愛され求められることであり、その相手が自分であるか否かは大して重要じゃないのではないかという不安が渦巻いて。「……ふたりで行ったらあからさまにペアルックだって言ってるようなもんだし、僕が買ってくるから」相手の分と自分の分、2着の寝間着を手に取れば言い逃げのように言葉を並べてから一足先に試着室を出て会計を済ませるべくレジへと向かい。)

…ん、じゃあ店の入り口のとこで待ってる。お金は後で渡すから。
(愛されたいという強すぎる願望のせいか、幼い頃の家庭環境のせいか、はたまたあまりに長すぎた片想いによる弊害か、何にせよどうにも中々収まりそうにない胸の高鳴りに未だ胸の辺りを押さえたまま相手の言葉に頷くと返事と共に小さく手を振りながらその背中を見送り。脱いでいたジャケットとストールを身につけながら緩みっぱなしの自分の頬に手を当てるとそろそろしゃんとしなければと軽く自分の頬を叩いて。相手がどんな思いでいるかなど知る由もなく、自分という存在が最愛の人に求めてもらえているという幸福感に浮足立ちながら試着室を出ると先程相手に話したように入り口の辺りで待つことにして。入り口に立ち辺りを見回せば店内に溢れる女性客が窺えて、これだけの異性がいるというのに相手に欲してもらえているのは小さくて可愛い女でも胸の大きな女でも器量の良さそうな女でもなく、同性で面倒くさくて小さくも柔らかくもない自分だけ、そのことが堪らなく誇らしくて思わず得意げににんまりと口元を緩めると軽く壁に寄りかかりながら相手が会計を終わらせるのを待ち。)

──お待たせ…って、何にやけてんの。
(支払いを済ませて入口付近で待っている相手のところへと向かえば何やら誇らしげな表情で口元を緩めているのが目に入り、不思議そうに目を瞬かせながら声をかけて。先ほどのことがそんなにも嬉しかったのだろうかと思うと、嬉しいけれども手放しには喜べないという複雑な気持ちになるのだが、楽しんでいるところに水を差す気はない上に相手が喜んでいる姿を見るのは素直に嬉しくもあり。次の行き先を考えるべく一先ず外に出れば、スマホを取り出し時刻を確認してから相手に提案して。)
ちょっと早いけど、どこか入らない？昼時は混むだろうし避けたほうがいいよね。

べっつにー、ちょっといい気分に浸ってただけ。
(支払いを終えて戻ってきた相手ににやけ顔の理由をその真意まで晒さずとも間違ったこととも言い難い微妙なニュアンスの言葉で返事をすると相手の方に寄っていき。休日の街となると常日頃食堂で味わっていた混雑の比ではないくらいに人が動くだろうことが予測でき、相手の意見に小さく首を縦に振ると自分の唇に軽く指を当てながらうーんと小さく唸り声を漏らして。昼食を済ませられる店を自分の中でいくつか思い浮かべた後、この辺りにあったはずの可愛らしい雰囲気が特徴的な喫茶店を思い出すとその店がある方向の道をそっと指さし。)
あのさ、あっちに俺の好きな喫茶店あるんだよね。お茶も出来るんだけどランチも結構凝ってて、なによりお店の雰囲気がすっごい可愛いの。行き先特に考えてないならそこ行かない？

もちろんその店でいいんだけど。この間友達に、この近くのクレープ屋のクーポン2枚もらったから、その店の後食べに行きたい。
(なんとなくはぐらかされたような気がしなくもないが、十中八九自分の予想通りだろうと思うとそれ以上追及する気は起きず適当に流すことにして。相手のお勧めならばセンスの良い店であろうことは行かずとも分かり、特に異論もないためあっさりと了承し。しかしもともと食い意地の張ってる節があるせいか早くも食後のおやつのことにまで思いを馳せれば、ほんの少しだけ目を輝かせながら提案して。相手の指差す方向へと歩き出しつつ財布の中からクーポンを取り出せば、「これ」と相手に見せて強請るような眼差しを向け。)
苺のやつ食べたいんだけど、だめ？

～ッそういう、意識してない癖に可愛いこと言うのほんとズルい！狙ってんの！？
(相手の突然の提案にそもそも頭が昼食のことで埋まっていた分理解に遅れ暫しきょとんとしてしまうものの、既に食後のデザートを考えているところだとか、可愛いものに今まで散々難色を示してきた癖に苺クレープなんて乙女チックな食べ物を所望してくるところだとか、そんなありもしないはずの母性を擽るような相手の行動にじわじわと頬を染めていき。うっかり緩んでしまいそうになる頬を引き上げる様にぱちんと両頬に手を当てながらまるで苦情か何かを主張するような言い方で相手の言葉に応えると唇を結んだまま僅かな悔しさが映る瞳でそちらを見つめて。)
…別にいいけどさ、天然可愛いのも大概にしてよね。必死に取り繕って可愛くしてる自分が空しくなるじゃん。

よくわかんないけど、狙ってないよ。赤くて美味しそうだったから食べたいだけ。せっかく2枚もらったんだし使わないと勿体無いだろ？
(再びクーポンを財布にしまっていると非難がましい視線を向けられていることに気がつき、淡々と否定した後相手の赤い瞳を見つめ返して何やら意味ありげに口角を上げて。相手を連想させるものであったから、と明け透けには言わずわざと含みを持たせた言い方を選んで理由を打ち明ければ、その価値観ゆえかまたもや少々卑屈っぽいことを言い出した相手の頬を摘まんで「……お前も大概惚れた欲目ってやつだよね」と笑いながら眉尻を下げて。)

…うるさい、ばか。大体、欲目だなんだって言うならお前の方がよっぽどだろ。
(相手の意味ありげな物言いに気付けないほど鈍感でのなく、その意図しているだろう内容に何となく照れくさくなってしまい相手から視線を外すと小さく呟くようにばか、と口にし。確かに惚れた欲目がないかと問われれば否定しにくいところもあるが、それを言うならと反論を続けると頬を摘まむ相手の手を払いそのまま相手の頬を摘まみ返し。むにむにと柔らかな感触を暫し楽しんでからそっと相手の頬から手を離すと先程言った喫茶店のある方に足を向け。)
ほら、混んじゃう前に行こ？誰かさんはデザートのことしか考えてないみたいだけど…まずはちゃんとご飯食べなきゃ午後動けないよ。

はいはい、そういうことにしておいてあげるよ。
(ばかだと言われようが反論されようがどこ吹く風といった様子で、摘ままれていた頬を押さえながら軽く流して。店の場所を知らないため案内を相手に任せて歩を進めれば、「ご飯のことも考えてる。お腹すいた」と育ち盛りゆえの食欲旺盛っぷりが窺える言葉を返し。普段は学校やら部活やらがあるせいで二人きりで過ごせる時間が短いためこうして同じ時間を共有できることが嬉しいのか、僅かではあるものの普段よりも機嫌良さげに柔らかな笑みを浮かべて問いかけ。)
その喫茶店、どういう料理がある？清光のお勧めのやつとかあったら教えてよ。

んー、やっぱおすすめはオムライスかな。とろっとろで、卵にチーズが混ざってて…あ、でもナポリタンも美味しいんだよね。あー、どうしよ悩む！
(何だか機嫌の良さそうな相手の様子につられるようにしてふわりと笑みを浮かべると自分の唇に軽く人差し指を当て、少し悩むように小さく唸り声を上げた後頭にいくつかのメニューを思い浮かべながら自分の好むものをいくつか挙げていき。緩々と喫茶店への歩みを進めながらおすすめのものを考えてみたものの、徐々に自分が頼むものまで何だか迷い始めてしまい、困ったように眉を下げながら声を上げるとそうしているうちに目の前までやってきた昔ながらの古めかしさがどこか可愛らしい目的の喫茶店を指さし。)
…あ、此処。どうよ、イイ感じでしょ？

オムライス…！食べたい。
(相手の説明を聞けば自ずと美味しそうなオムライスが思い浮かび、ごくりと生唾を飲み込んでは先ほどのクレープの時以上に目をきらきらと輝かせながら言葉少なに意思表示をして。頭の中がオムライスでいっぱいになってしまっていたために相手が指差すまで店が全く目に入っておらず、その指の先を辿って初めてレトロな雰囲気が漂う店の趣に感嘆の声を上げ。あらためて相手のセンスの良さに脱帽したのか、素直に賛同すれば珍しくもストレートに褒め言葉を贈り。)
本当だ。清光ってやっぱセンスいいよね。

じゃあさ、俺ナポリタン頼むから半分こしない？俺オムライスもちょっともらいたいんだよねー。
(素直に自分のセンスを褒めてもらえたことに少しいい気分になってしまったのか緩く口元に笑みを浮かべると喫茶店の扉をくぐりながら自分のちょっとした我儘も含まれた提案を相手にぶつけてみて。店員に勧められるまま少し奥まったところにある席に腰を下ろすと頼む前に先程の提案への相手の返答を窺いたいのかじっと相手を見つめながら口元の辺りに合わせた手を掲げて。)
…な、だめ？ナポリタンもちょっとあげるからさ。