ハナミズキ 2014-10-10 16:57:40 |
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次の日、ソウレンを乗せた車は離宮を飛び立ち、温泉街に戻りみんなを乗せると、王都に向かい再び車は離陸をした。
初めて乗った空飛ぶ車に、ソウレンと王妃は興奮をしていた。
鈴に、絶対に騒ぐなときつく言われていたので、ソウレンは小声で唸っていた。
「凄い!これはどういう仕組みで動いているのだ!
おぉ~。人が豆粒の様ではないか!」
王都に着くと皆を降ろし、鈴と和也だけが車に残り、再度車は離陸する。
離宮から出発する時に、バジルとシュンイには「私たちは王妃様たちを乗せて王宮へ行きます。この事はみんなには黙っていてちょうだいね」そう告げていた。
王宮へ到着した車は、王妃様が住んでいる建屋の前に着陸をし、ソウレンに王様を呼んで来るように言う。
この時ソウレンは、既に鈴の言う事を素直に聞く、子犬の様な男の子になっていたのだった。
その様子を見ていた和也がポツリと呟く。
「お前って・・・すげぇな・・・」
「ん?なんか言った?和也?」
「・・・・なにも・・」
しばらく待つと、王様を連れてソウレンが戻って来た。
「そなたたち、本当に有難う。
王妃に会いに行っても良いかな?」
「はい、王様。
王妃様もお待ちかねですよ」
鈴が案内をしようとしたが、王様は1人で行けると言い、先急ぐ様に中へ入って行った。
「クスッ。王様ったらよっぽど王妃様の事が大好きなのね♪」
鈴は微笑ましそうに笑う。
それを見て侍従達も苦笑した。
少しすると、車の中から王様と王妃様が出てき、その後から和也も外に出て来る。
「王妃様、病は治ったとは言え、完全に完治したわけではありません。
くれぐれも無理はしない様にお願いします。
ですが、日常生活においては、普通に出来るようになってますから、これからは
今まで出来なかった事も出来ると思いますよ」
「なんとお礼を言っていいものか・・・」
「これが俺達の仕事ですから。お大事に」
すると王様が、今回の治療費を払うので来てほしいと言う。
王様と一緒に執務室に行くと、既にお金が用意されていた。
「そなた達にはなんと礼を言ったらいいのか・・・。
主治医たちも治す事が出来なかった、王妃の病を見事に治してくれたのだからな。
ここに500銀ある。これで足りるか?」
「それだけ頂ければ十分です、王様」
「そなた達の噂は聞いておる。
貧しい者からは金を取らないそうだな」
「はい。私たちの治療は平等を目指しております。
お金を持っている者だけが、この国の民ではありません。
貧しい者達も同じ民。
頂いたこのお金は、そう言う者達に使うのが、この国の父たる王様の加護だと
私は思うのです」
「そうだ。それで良い」
2人は王様に別れを告げ、診療所へと戻って行ったのである。
診療所へ戻ると、バジルとシュンイを呼び、今回の特別報酬を渡す事にした。
「シュンイ、バジル。今回はご苦労様。
せっかくの温泉だったのにゆっくり出来なかったわね」
「そんな事はありません。
友達もおばさんも、喜んでくれてましたし」
「俺も、母ちゃんや婆ちゃん、弟達も喜んでたからいいんだ」
そう言って二人は満足そうな顔をしていた。
「でね、休暇中に仕事を頼んでしまったでしょ?
それなのに嫌な顔一つしないで頑張ってくれたじゃない?
だからね、今回は特別報酬を出します」
「「特別報酬?」」
2人は言葉の意味が解らなかった。
普通、休みを返上して働いたとしても、お礼の言葉さえ無いのが普通だ。
お礼を言われた上に、特別報酬と言われてもピンと来なかった。
「はい、これ」
2人の目の前に、布袋に入った物を置き、受け取れと言う。
2人がその袋を手にすると、ずっしりとした重みを感じた。
中を覗くと、そこには大量の銀貨が入っている。
「こ・・・これは?」
「今回の報酬の1割を2人で割った物よ。
1人25銀入ってるわ」
袋を握る手が震える。
そんな大金、いままで見た事も無ければ触った事もなかったからだ。
「こ・・・こんなに貰えません!!」
「お・・・俺も!」
「いいから貰っとけ。また頼む時頼みづらいだろ」
和也の一言で、二人は苦笑いをしながらそのお金を受け取る。
しかし2人とも、こんな大金を持っているのが怖いと言い出し、結局は鈴達にそのお金を預かって貰う事になった。
お金が必要な時になったら、いつでも渡すと言われ、2人はこの事をみんなには黙っているように言われる。
ミョンレンに着いた次の日から、仕事だと言い姿をくらませた4人の事が、気になって仕方がなかったミャルは、その後しつこくシュンイに聞く事になる。
しかしシュンイは、鈴との約束を守り、黙秘を続けるのだった。
今まで自分の言う事を聞いていたシュンイが、この診療所に来てからは、全く言う事を聞いてくれなくなったので、ミャルはプライドを傷つけられたと、シュンイに意地悪をするようになる。
だが、ミャルもバカではない。
バジルは直ぐ鈴に告げ口をするので、バジルの居ない所でやり、ウンデグには猫なで声で媚びるように体をすり寄せ、自分は悪くないと言わんばかりに甘えて見せる。
そして和也に対しては、か弱い女の子を演出するかのように、仕事上でシュンイに注意をされたものなら、ウソ泣きをしながらしな垂れかかるのであった。
ミャル一人のせいで、診療所のみんなが迷惑をしている。
一番迷惑をしているのはシュンイなのだが・・・。
春の日差しも随分と温かく感じられ、そろそろ初夏がやって来たかと思われる頃に、ソウレンが供を連れて診療所にやって来た。
シュンイの顔を見つけると、「久しぶりだな。鈴先生は居るか?」と声を掛けて来た。
「鈴先生でしたら、和也先生とバジルとで、薬草を買いに出かけております」
シュンイは初め、ソウレンの姿を見て驚いたが、ここはお忍びで来たに違いないと空気を読み、ソウレンが第1皇子であると言う事を伏せて会話をする事にした。
「いつごろ戻りそうだ?」
「もう直ぐ戻られると思います。お待ちになりますか?」
「そうだな。待たせてもらうとするか」
そう言って、外に造られているベンチに腰を掛け待つ事にした。
そこに、中仕事が終わったミャルが顔を出し、普段は来ない様な、立派な着物を着た、どこかの若様のような人が居る事に気が付く。
「やだ、シュンイ~、お客様にお茶も出さないなんてぇ、信じられなぁい」
猫なで声を出しながらソウレンに近付いてくる。
「申し訳ありませぇん、あの子ったらぁ、気が利かなくってぇ~」
「いや、いい。勝手に待ってるだけだからな」
遠回しにソウレンは『構うな』オーラを出していたのだが、ミャルには通じていなかったようだ。
「若様わぁ、どちらのお屋敷の若様なんですかぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ソウレンは無言である。
「従者の方もついてるって事わぁ、かなり大きなお屋敷の若様って事ですよねぇ?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」」
ソウレンと従者2人も無言だ。
「もしかしてぇ、若様ってぇ、恥ずかしがりやさんですかぁ?」
『語尾を伸ばすな!語尾を!!』と、3人は思っていた。
この様に、語尾を伸ばす話し方をする人間を、宮中の中では見た事が無かった3人は、媚びるような甲高い声と、語尾を伸ばす喋り方が脳裏に突き刺さり、少しイラつく。
「少し黙ってはくれないか!?」
「はぁ~い♪」
そう返事をしながら尚も喋り続ける。
「若様わぁ、鈴先生とお知り合いですかぁ?」
3人の我慢の限界が来た。
が、丁度その時に鈴達が帰って来たのだった。
「あら?ソウレンじゃない。どうしたの?何か用事?」
「用事が無いと来たらダメなのか?」
「別にダメじゃないけど、いったい何しに来たのよ」
「ちょっと通りかかっただけだ!」
ソウレンは少し顔を赤らめそう言った。
「ソウレン、あなた顔が赤いわよ?熱でもあるんじゃないの?こっちにいらっしゃい」
「熱などない。大丈夫だ」
「いいから、いらっしゃい!」
そう言うか言わないかのうちに、ソウレンの腕を引っ張り診察室に連れて行ってしまった。
「鈴先生のあれって・・・天然?」
バジルが和也の方を見ながら聞く。
「天然だな。あいつは自分の事になると鈍いからな・・・」
2人は溜息を付きながら『ソウレン(第1皇子)って・・可哀想・・・』と、心の中で憐れむのであった。
鈴の診察が終わり、中から出て来たソウレンに対し、和也は通りすがりに耳元で囁く。
「鈴は俺の物だから」
そう言いながら、和也は口角を上げ不敵な笑みを浮かべた。
和也のその言葉に対し、ソウレンも対抗して言う。
「鈴は私の側室にする」と。
「どうしたの?2人ともそんなに仲が良かったっけ?」
話しを聞いていなかった鈴が、にこやかな笑顔で話している2人を見て、小首を傾げるのであった。
◆ 手に入る者・入らない者 ◆
この時代に来て、もう直ぐ1年が経とうとしている8月。
今年の夏は猛暑でかなり暑い。
この時代の着物を着慣れている人なら、そんなに辛くはないのだろうが、現代の薄着に慣れ、ましてやエアコンの生活に慣れてしまっている鈴と和也には少々きついものがある。
地面を照りつける日差しが、高層ビルなどの様に遮るものが無く、直接体に注がれる。
外に出るのが辛い・・・。
家の中に居ても、昔の造りなので風邪通しが物凄く悪い。
各部屋に窓が1つという造りなのだ。
茅葺の屋根も熱がこもり蒸し風呂の中に入っている様だ。
「・・・・・暑い・・。」
ここ数日、鈴の口から出る言葉で一番多い単語がこれだった。
「鈴先生って、本当に暑さに弱いんですね」
シュンイが笑いながら鈴をからかう。
「もうダメ・・・溶けて死んじゃうぅぅぅぅぅぅ」
鈴は暑さの限界に達していた。
すると、往診から戻って来た和也格好を見ると、なんと、TシャツにGパンではないか!
「ずるい!和也だけ涼しい格好して!
私も着替える!!」
そう言って部屋を飛び出して行ってしまった。
往診から帰って来た和也とバジルは、何がどうなったのか分からずシュンイに聞くが、シュンイも急に飛び出していった理由が分からなかった。
数分後、鈴が診察室に戻って来ると、和也以外の人が、目玉が飛び出すほど驚いたのだった。
それもそのはずだ。
現代で暮らしていたのなら普通の格好なのだが、この時代では裸同然の格好をしていたからだ。
この時代の着物を脱ぎ捨て、現代から持って来ていたキャミに薄いボレロカーディガン、それに短パンだ。
バジルとシュンイが目のやり場に困った。
「「///////////////」」
「どうしたの?2人とも??」
「鈴先生!着物を着てください!」
「ん?着てるわよ?」
「それは下着ではないのですか!?」
「違うわよ~。ちゃんとした服よ」
「で・・でも・・、その姿では目のやり場に困ります!!」
鈴は和也の方を見て「この格好、変?」と聞くと、和也は「いや?いいと思うけどな」と答えた。
「お二人は良いかも知れませんが、私たちが困ります・・」
そうシュンイに懇願され、鈴は渋々元の着物に着替えるのだった。
「・・・・暑い・・。」
「我慢してください。」
だんだん強くなるシュンイであった。
そのころ王宮では、第1皇子ソウレンが時々物思いにふけっていた。
ソウレンには15歳の時に結婚をした妃が居るのだが、それは当然の事ながら恋愛結婚などではなく政略結婚だ。
いくら政略結婚だからと言って、妃をないがしろにする様なソウレンではない。
それなりの礼は尽くしていた。
愛情は無くとも、5年も一緒に居れば情は移る。
しかし、鈴との出会いから、鈴との会話や姿がソウレンの脳裏から離れなかった。
ふとした瞬間に思い出し、勝手に笑みが零れ落ちてくるのだ。
そして大きな溜息を付き、物思いにふけるのだった。
最近ソウレンの様子がおかしいと、お付きの内管から告げられた王様が、ソウレンの様子を見に離れ屋にやって来た。
「ソウレン、何か悩み事でもあるのか」
「・・・実は・・、鈴の事なんですが」
「あの者がどかしたのか」
「はい、私の側室に迎えたいと存じます」
「・・・・・・・・」
王様は、『それは無理だろ・・』と思ったが、あえて何も言わず、ソウレンの思いを聞いている。
「鈴は聡明な女人で芯もしっかりしています。
宮中の女人とはどこか違うのです。」
興奮しながら言い、頬を高揚させていた。
王様も、もし鈴がソウレンの側室になってくれたのなら、この国は安泰だと考えていたので、反対はしなかった。
そかし、ソウレンの手に負えるような女性ではないと言う事も分かっていた。
だがソウレンは、王様が何も言わないと言う事は、賛成をしてくれたものだと思い、早速鈴に会いに行く事にする。
意気揚々と王宮を後にし、鈴の元へ向かうソウレンに、王様は肝心な事を言い忘れていたのだった。
『あっ。鈴に無理強いをすると、意識を失うほどの大怪我をするぞ
と言うのを忘れておったわ・・・』
約1年前、主治医率いる暗殺集団を一網打尽になぎ倒し、倒された者達はみな、ろっ骨を骨折していた。
下手に手を出せばソウレンもやられるかもしれない。
しかし王様は、『あの者の事だ。命までは取らぬだろ』と、軽く受け流してしまったのだった。
一方、そんな事など知らない診療所では、とうとう鈴が暑さのためにダウンをしてしまう。
鈴の体を心配した和也は、しばらく車の中で休んでいろと言い、午後の診療を休診する事にした。
夏と言う事もあり、薬を買いに来る患者以外はほとんど来ない。
来ないのなら思い切って休むこともたまには良いだろうと、使用人たちにも休暇を与える。
診療所の留守番は、診療所内に住んでいる人たちに任せ、鈴と和也は車の中に戻ったのである。
車の中は、精密機器類が沢山あるので、常に一定温度で車内が保たれている。
それに、車の中なら現代の洋服を着ても、誰も文句を言わない。
鈴はシャワーを浴び、先ほど着ていたキャミと短パンに着替えると、やっと一息つけたかのように、手足を投げ出しソファーに腰かけた。
「生き返るぅ~♪」
「ババくせぇな」
悪態を付いてはいるが、その言葉とは裏腹に、和也の顔が少しほころんでいた。
「おぃ」
「ん?」
「腕出せ」
「えっ?」
見ると和也の手には点滴が持たれていた。
「おまえ脱水症状が出てるぞ」
「気が付かなかったわ・・・」
「おまえって、ほんと自分の事には鈍いよな」
そう言いながら鈴に点滴を施した。
「点滴なんて何年振りかしら」
そう言いながらケラケラと笑うのだった。
「おまえなぁ・・・自分の体の管理はちゃんとしてくれよ。
俺が心配しないとでも思ってるのか?」
そう言いながら鈴の事を抱きしめた。
「おまえにもしもの事があったら俺は・・・
だから、自分をもっと大事にしてくれ・・・」
和也に抱きしめられた鈴は、ふと、あの秘境での出来事を思い出す。
和也の広い胸に抱かれていると、とても安心する。
1人じゃないんだと思わせてくれる。
そして、温かく適度に筋肉の付いた体が心地いい。
ずっとこうしていたいとさえ思うのだった。
「ごめん・・和也・・。
これからは気を付けるね」
鈴がそう言うと、和也はそっと体を離し、鈴の頭を『ポン』と1つ叩くと道具を置きに別室に行った。
鈴は、車内の心地よい空気と温度に身を任せ、そのままソファーで寝てしまうのだった。
リビングに戻って来た和也は、その姿を見、鈴に薄いタオルケットを掛け、寝ている鈴にそっと口付けをする。
鈴も夢の中で、和也とキスをする夢を見ていた。
夢の中の和也は、大きな手の割には、しなやかに伸びた指が、とても妖艶で色気さえ感じる。
その手が近づいて来たかと思うと、後ろにある壁に片手を付き、鈴に覆い被さるように優しくキスをする。
壁ドンで身動きが取れない鈴は、そのまま黙って和也に身をゆだねるのであった。
そんな甘い夢を鈴が見ているとは、和也は夢にも思わないであろう。
ソファーで眠る鈴。
その向かい側の椅子に座り本を読む和也。
ゆったりとした時間が流れ、和也は時折、本から目を離し鈴の方を見ながら、このひと時の幸せをかみしめるのであった。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
急にインターホンが鳴り、映し出された画面にはソウレンが映っている。
「何か御用ですか」
ぶっきらぼうに和也は言う。
「お前には用は無い。鈴は居るか」
「鈴なら今は休んでますが、急用でないなら伝えておきますよ」
「急用ではないが、鈴に直接話したい事がある」
その様なやり取りをしていると、寝ていた鈴が起きた。
「ぅんん・・・・」
大きな伸びを1つすると「どうしたの?お客様?」
眠い目を擦りながら和也に尋ねる。
その仕草がなんとも可愛らしく、和也の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「ソウレンがお前に話があるそうだ」
鈴は、何の話なのかと下まで降りて行き、車のドアを開けるとそこにソウレンが供を連れて立っていた。
しかし、ドアが開いた瞬間、ソウレンと供の3人は驚きの表情をしていた。
それもそのはずだ、鈴の格好は露出度の高い現代の服なのだから。
「す、鈴。そなた、客を迎えるなら服を着てから迎えろ」
この様な薄着の姿など、この時代では下着同然だったので、ソウレンは慌てた。
「服なら着てるわよ。話しって何?」
鈴のあられもない姿を、供に見せたくなかったソウレンは、「ここではなんだから、中に入れてはもらえんか」と言う。
鈴も暑い外より涼しい中の方が良いので、ソウレンを中に入れ1階の通路にある椅子に腰かけ、話しを聞く事にした。
「で?話しって何?」
ソウレンは少し間をおいて、慎重に話しを切り出そうとしたが、あられもない姿の鈴を目の前にしては、そんな事はどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「鈴、私の側室になってくれ」
前に一度、命令形でものを言った時、えらく怒られた。
その過去を踏まえて、今回はお願いをするように言ってみた。
お願いをすれば側室になる事を承諾してくれると思ったからだ。
しかし鈴の答えは、その思いとは逆のものであった。
「側室って愛人って事よね?お断りします。」
次期王の側室になるのを断る人間が居るとは思わなかったソウレンは、「なぜ断る!?側室になれば贅沢をさせてやれるのだぞ!?」と、鈴に聞き返す。
「私は愛人になる気は無いわ。それに、あなたの事を愛していないもの」
「鈴が私の事を愛していなくとも、私が鈴を愛している。それではダメか?」
「ダメよ。それじゃ良い夫婦関係は築けないもの。
・・・あっ、夫婦じゃないのか。愛人だものね」
ソウレンはそれでもなを、鈴に側室になれと遠回しに言ってくる。
だが鈴は、愛人ではなく結婚ならするが、それでも価値観が自分と同じ人でないと嫌だと言う。
「価値観が同じか・・・それはもしかして和也の事を言ってるのか?」
ソウレンが聞いてきた。
「和也なら私と価値観が同じね。
それに、私の事を理解してくれようとしてる。
今の私には、和也はとても大きな存在だと言う事だけは確かよね・・・。」
鈴は自分に何かを言い聞かせるかのように答えた。
その話を2階からこっそり聞いていた和也は、小さなガッツポーズを取っていたのである。
2人の話しは平行線のまま決着がつかず、その日は良い返事を貰えずにソウレンは帰る事になる。
そして別れ際に一言。
「必ず『はい』と言わせて見せるからな」
そう言い残して帰って行った。
『やれやれ』と溜息を付きながら2階の戻ると、和也の機嫌がなぜか良いようだ。
何か良い事でもあったのかと思いながらも、あえてその事には突っ込まず、ソウレンの話しの事を切り出した。
和也は鈴の話を黙って聞いているだけで何も言わない。
「この時代の人って言うか、昔の人って平気で愛人になれとか酷いよね~」
「俺は、奥さんさえいれば愛人なんか作ろうとは思わないけどな」
「普通そうよね!?やっぱり昔の男の人の考えには共感できないや・・」
鈴は小首を傾げながら溜息をまたついた。
和也はおもむろに椅子から立ち上がり、鈴の頭を『ポンポン』と二つ軽く叩くと台所に向かい歩き出した。
そして内蔵されている冷蔵庫を開け鈴に聞く。
「鈴はリンゴジュースで良いのか」
「うん♪和也やっさしぃ~♪」
和也は鼻で笑いながら、「一応お前は病人だからな」と言うのだった。
でも、そのさり気無い優しさが、鈴にとっては何物にも代えがたい存在になりつつある事に、今はまだ気が付いていなかったのである。
鈴に求婚(?)を断られたソウレンは、王宮に戻り次の策を考えていた。
どうすれば鈴は側室になる事を承知してくれるのか、いろいろ考えてはみたが、普通の女性と違う考え方の鈴を落とす事は、かなり難しそうだ。
お金をちらつかせてもダメ。
贅沢をさせてやると言ってもダメ。
当然、命令などして無理やり側室にでもしたなら、鈴はこの国から出て行くだろう。
女性との駆け引きに疎いソウレンは、その道の達人と言われている、第1側室の息子コウレンに聞いてみた。
「コウレンは女人を落とす時、どのようにしているのだ」
「はい、兄上。私はまず、贈り物で気を引きます。
高価な物や珍しい物は、どの女人も喜びますよ」
「そうか。早速送ってみよう」
そして次の日から、ソウレンの贈り物攻撃が始まったのである。
「本当に頂くわけにはいかないので持って帰って下さい」
「受け取って貰わなければ私の首が胴から離れてしまいます。受け取って下さい」
こんなやり取りをしているのは、鈴とソウレンの使いの者だった。
ソウレンは、義弟コウレンのアドバイス通り、鈴に真珠で作られた髪飾りの、貢物を送ったのだ。
しかし鈴は、貰う謂(いわ)れの無い物を頂くわけにもいかないと断っていた。
日本のことわざに、「只より高い物は無い」と言うことわざがある。
只で何かを貰うと、代わりに物事を頼まれたり、お礼に費用がかかってしまい、後でとんでもない目に合う。と言う意味だ。
(余談だが、この「只」という漢字を上と下ばらすと、「ロハ」となり、この字の語源はここから来たらしい。)
鈴は、使いの者の首が飛ぶと聞き、仕方なく受け取ったが、それが運のつきで、その日から毎日ソウレンから何かしら送られてくるようになったのだ。
ある時は高価な飾り物。
またある時は、綺麗な花が咲いた鉢植え。
そしてある時は、珍しい食べ物が送られて来た。
それらの物を仕方なく貰う鈴だったが、貰った物のうち、換金出来る物は換金をし、医療費に充てたり、食べ物は貧しい人に分け与えていた。
「またソウレンからか?」
往診から帰って来た和也が聞いてきた。
「うん。こんなに無駄遣いするくらいお金が余ってるんなら、貧しい人に何かしてあげればいいのにね・・・」
鈴は呆れたように言う。
その様子を見た和也は、「いつの時代でも、お偉いさんは何にも分かってないよな」そう、ポツリと呟くのだった。
確かに、お忍びと称し時々国を見て回っている様だが、それは言葉通りただ見るだけ。
庶民の生活の内情など、本当のところは理解していないだろう。
普段幾らで毎日の生活をしているか、何を糧としてお金を稼いでいるのか。
そんな深い所までは知ろうとしない。
逆に鈴達は、その様な人たちの健康診断をしているので、普段の食生活がいかに貧しいか、そして何が足りないのかを知っていた。
その足りない物を、和也が往診でお金持ちから高額金をせしめ・・基、頂いて、そのお金を元に貧しい者からは医療費を貰わず治療をしたり、薬を出したりしていたのだ。
貢物を毎日持たせていたソウレンは、使いの者が帰って来る度に聞いていた。
「今日はどうであった?」
「いつも通りお礼だけでした」
ソウレンは、「そうか・・」と溜息を付く。
そしてまた、義弟コウレンを呼び、再び意見を求める。
「贈り物ではなびかなかったぞ。他に良い手は無いのか?」
「そうですね・・・。何処か旅行に連れて行くと言うのはどうでしょう。
二人っきりで良い雰囲気にでもなれば、自然とそうなるはずです。
兄上と一緒に過ごせて嫌がる女人がいましょうか」
それもそうだな、と思ったソウレンは、早速鈴を旅行に誘う事にした。
お忍びで町の様子を見て回った後、診療所にやって来て鈴にその話を切り出す。
「この日照りで、北の領地が水不足になり、病人も大勢出てるそうだ。
鈴、私と一緒に行ってはもらえないか?」
ソウレンは、鈴が最も「YES」と言うだろうと思われる言葉を並べて誘ってみた。
当然鈴の答えは「YES」だ。
しかし、ソウレンの思惑とは裏腹に、一緒に行くのは鈴だけではなかった。
なんと、和也も一緒に行くと言うのだ。
なんとか鈴1人だけを連れ出したかったソウレンは、和也まで出かけたらこの診療所は誰が患者を診るのだと、必死に置いて行こうとしたが、普通の診療ならバジルに教えてあるので心配ないと言われ、結局は鈴と和也の2人が同行する事になってしまった。
付いて来ると言うものは仕方がないと言う事で、現地に着いてから二人きりになる時間を作ればいいと、安易に物を考えていた。
大名行列の如く、大勢の従者を引き連れ、ソウレン一行は出発をした。
その一番後ろから、鈴と和也が乗り込んだ医療車両が後を付いて来る。
何とも奇妙な光景だ。
歩いて移動をする事一週間。
やっと北の領地に辿り着いた。
話しに聞いていた通り、田畑は荒れ果て、人々は死人の様な生気のない顔をしている。
その人々の中を通り抜け、その領地で一番大きな屋敷を持っている、貴族の屋敷に滞在する事になった。
とは言っても、屋敷に滞在できるのは、皇子と貴族の重臣だけである。
他の者は外でテントを張り、その中で寝るのである。
皇子様たちが泊まる屋敷では、何処から持って来たのか、ご馳走が山の様に並べられていた。
それらの前で、重臣や皇子は何の疑問も抱かず食べようとしていた。
その時、鈴の姿が見えない事に気がつき、家臣に鈴を連れてくるように命じる。
しかし、何処を探しても見つからない。
見つからないどころか、2人の乗って来た車も無くなっている。
その事をソウレンに伝えると、ソウレンは慌てて歓迎会を切り上げ、鈴が向かうであろうと思う場所にやって来た。
ソウレンが思った通り、鈴達は倒れている人々の診療をしていた。
診療だけではない。
大きな鍋におかゆを炊き、それをみんなに配っていたのだ。
「そんな所で何をしている」
ソウレンが鈴に声を掛けた。
「見ればわかるでしょ?
私たちはもてなしを受けに来たわけじゃないの。
命を救いに来たのよ」
そう言われ、何も言えなくなるソウレンだった。
「・・・・あいつは・・和也はどうした」
「和也なら車で巡回して患者を運んで来るわよ」
2人はきっちりと、自分に与えられている使命を全うしようとしている。
それに比べ自分はどうだ。
目先の甘い言葉に釣られ、ここに来た目的を忘れていた。
ここに来た目的は・・・『鈴と二人きりになり、良い仲になる事』だ!
(おぃ!そこは違うだろ!!)と、突っ込みを入れたいところだが、所詮ソウレンの頭の中は、領民より自分の事の方が大事らしい。
そんなソウレンの事は放って置き、2人はせっせと患者の容態を診たり、お腹を空かせている人にはご飯を食べさせたりと大忙しだ。
ソウレンは付いて来た供に「手伝え!」と言い手伝わせるが、ソウレン自身は口だけを動かしている。
忙しくあちこち歩いて回ってる者達に取っては、ソウレンは邪魔でしょうがない。
だが、一国の皇子であるソウレンに、そのような事など言えるはずもなく、ソウレンにぶつからない様に動くのであった。
そしてとうとう鈴に言われてしまった。
「邪魔!」
キョトンとするソウレン。
それをさらに追い打ちをかけるように、鈴の怒号が飛ぶ。
「そんな所で突っ立ってるだけなら何処かに行って!
邪魔なのよ!迷惑なの!!」
『邪魔』とか『迷惑』とかの言葉など、生まれて初めて言われたソウレンは、ショックを受けた。
しかし周りを見ると、みな忙しそうに動いている。
自分は、ただ命令しているだけだったと言う事に、初めて気が付いたのだ。
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