ハナミズキ 2014-07-29 20:56:35 |
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サナが将来についてぼんやり考えていると、ふと、前に疑問に思った事を思い出した。
あの時サイは何処にいたのだろう。
月が見えていたのは、この街の近隣周辺だけだったはず。
友達の家や女の人の家から、わざわざチャットをしにネットには繋がないだろう。
私なら繋がない。
外出していたとしても、やるなら家に帰ってからじゃないのかな?
じゃあ何処から?
時間的に夜の9時頃だったはずだし、そんな時間にいったい何処から?
近隣にある建物は、深夜11時まで営業しているデパートと、宿泊が可能なスポーツセンターにゲーセン・カラオケ・居酒屋・飲み屋に・・・あと、救急外来のある病院くらいしかない。
これらの何処かからかやっていた事になる。
・・・・・あっ!
月が見える場所・・・ここがポイントだ。
デパートは・・・見えないよね。
スポーツセンターは・・・見える。
ゲーセン・・・見えない。
カラオケ・・・見えない。
居酒屋・・・見えるかもしれない。
飲み屋・・・見えない。
病院・・・見える。
一つずつ消去法で考えてみた。
見える場所は、スポーツセンターと居酒屋と、病院、この3つだ。
スポーツセンターに泊まっていたとしたら、月は見えている。
居酒屋も、小部屋に窓があったとしたら、月は見えている。
病院はもちろん見えるだろう。
でも、サイに一番縁が無さそうな所は病院だよね。
将来の事について考えていたのに、いつの間にか横道に逸れてしまっていた。
秋風も強くなり、寒くなりだした11月頃に、サイが突然旅に出ると言い出した。
だからもうチャットには来ないと。
昔からの夢に、本格的に取り掛かるので、チャットをする暇がなくなるという。
行き詰まったり、疲れた時は着て欲しいと言ったけれど、余計な事は考えたくないから、無理だと言われた。
私は泣いた。
サイまで居なくなってしまう悲しさと寂しさが、押さえ切れなくなり泣いた。
もう、これっきり会えないのなら、いっそいま、この思いを伝えようかと思った。
「サイ・・・あのね
サイの事が好き・・・。
大好きなの・・・だから・・」
その言葉は最後まで言わせてはもらえなかった。
「あー、悪い。
俺そー言うのダメなんだわ。
遊びならいいんだけどさ、好きだとか愛してるとかってウザイだけなんだよな。
んで、俺ルールで、その禁句ワードを言った時点で終了な。
そー言う事だから、もう来ねーわ。
じゃーな」
そういい残すと、サイは消えていった。
それ以来2度とサイの姿を見る事はなかった。
私は泣いた。
涙で自分が溺れてしまうかというほど泣いた。
友達だと思って信頼していた自分が腹立たしい・・・・。
忘れたいのに、忘れられないのも悔しい・・・。
泣いて泣いて、泣き暮らす日々が続き、やはり自分は誰からも愛されない子なのだと痛感したのだった。
サイの体調が最近余りよくない。
暑さのせいだろうか。
それでもサイは、最近受験勉強に集中する事にし、チャットに来なくなったマメの分も、少し無理を押して顔を出していた。
そして無理がたたったのか、軽い発作を頻繁に起こすようにもなっていた。
チャットをしている最中にも発作は来る。
発作が起こっている間は返事を返す事ができない。
会話の間隔が長くなる事もよくあった。
そういう時は、トイレに行っていたとか、飲み物を取りに行っていたとか、コンビニに行っていたなど、良い訳はさまざまだった。
昼食を食べている時に、いつもより激しい発作が起きた。
胸に激痛が走り、呼吸ができなくなる。
手に持っていた箸を落とし、食卓の椅子から転げ落ちた。
それを見ていたサイの母親が、慌ててサイの様子を確認し、救急車を呼んだ。
苦しんでいる息子を抱きかかえながら、背中を一心不乱にさすり、泣きじゃくっている。
軽い発作なら何回も経験しているが、意識がなくなるほどの発作は10年ぶりだったからだ。
あの時の悪夢が脳裏をよぎる。
あの時は、サイの心臓が1度止まったのだ。
医師の必死の救命措置により、なんとか息をぶり返し事なきを得たが、今回もまた、心臓が止まってしまうのではないかと、心配でならなかった。
救急隊員の的確な処置により、なんとか無事に病院に着き、しばらく入院する事となった。
検査をした結果、今度大きな発作を起こしたら、命の保証はできないと言われた。
度重なる発作により、サイの心臓がかなり弱くなってきているらしい。
元々サイは、20歳まで生きられないと宣告されていたのである。
その先刻の期日が、刻々と静かに擦り寄ってきていた。
心臓も安定して体調も少し戻ってきていた頃、サイの母親が医者のこう言われた。
「息子さんの心臓は、もう長くは持たないでしょう。
ですからこれからは、息子さんの好きなように過ごさせてあげてください。
もし何かあれば、直ぐに来てください」
それからのサイは、短期で入退院の繰り返しだった。
病室も個室をあてがわれ、パソコンも使っても良いと許可も出た。
そこからチャットをし、病気のことは一切隠していたのだった。
11月に入ったある日大きめの発作が怒った。
入院していたため命に別状はなかったものの、サイ自身ももうそろそろ限界を感じていた。
黙って姿を消すより、突き放して別れた方が後を引かず、サナも自分の事を忘れてくれるだろうと考えていた。
そして、新しい人生を歩んでくれるだろうと思っていた。
だからこそ冷たい言葉を吐いて突き放したのだ。
「あー、悪い。
俺そー言うのダメなんだわ。
遊びならいいんだけどさ、好きだとか愛してるとか、ウザイだけなんだよな。
んで、俺ルールで、その禁句ワードを言った時点で終了な。
そー言う事だから、もー来ねーわ。
じゃーな」
文字を打ち込みながらサイは泣いていた。
「ごめんな・・・ごめんなサナ」
そう呟きながら。
サイ自身もなんとなく感じていた。
自分には新しい年を越せないだろうという事を。
発作の間隔が短くなり、その大きさも徐々に大きくなっていく。
そのため、体力や食欲も落ち、身体は痩せ細っていった。
そして12月25日、クリスマスの日に、サイは天に召されたのだ。
サイに冷たく突き放されたあの日から、サナの時間は止まったままだった。
パソコンのスイッチさえ入れていない。
入れてしまえばサイのことを思い出し、つい姿を探してしまうと思っていたから。
春になり、サナは3年生になった。
宿題で提出するためのレポートに必要な資料を、ネットで探さなければいけない。
スイッチを入れると、マメからスカイプにメッセージが入っていた。
「大学受かったぞー!」
みるとマメがスカイプに居るではないか。
サナが居る事に気が付いたマメは、チャットを飛ばしてきた。
「元気にしてたかー?」
「身体だけは元気だよ!」
「なんだよ身体だけってwww」
「色々あってねー。
マメはサイから何も聞いてないの?」
「・・・サイ?」
しばらく沈黙が続いた後
「・・・何も聞いてないよ」
これだけ言うのが精一杯のマメだった。
真実を告げるべきかどうか、マメは迷っていた。
「マメ、サイって今ごろ勉強を頑張っているのかな?
病気とかしてないよね?
マメのとこになにか連絡とか来ないの?」
「・・・・・・・。」
何も言えなかった。
いや、嘘を言いたくなかったのだ。
二人で話していても、サナは時折サイの事を振ってくる。
どうしてるかな。元気にしてるかなと。
あれから4ヶ月、サナは未だにサイの事を忘れてはいなかったのだ。
あの日からサナの時計は止まったままだった。
その事実を感じ取ったマメは圧決心をした。
「サナ、今度の日曜に会わないか?」
サナはマメと会うことで、自分の気持ちを整理する事ができるかもしれないと思い、OKの返事をした。
前回と同じ場所で待ち合わせをし、前回と同じ世にカラオケに行く。
何曲か歌った後に、マメが神妙な顔をしながら話し出した。
「なぁサナ、サイの事なんだけどさ、まだ好きなのか?」
サナは何も言わずにただうなずいた。
「サイの事なんか忘れて、他に好きなやつ作れないのか?」
「・・・サイは・・私の初恋だったんだ・・忘れられないよ・・・」
「・・・そっか。。」
マメはその姿を見て、サナの止まっている時間を動かす決心をした。
「あのなサナ・・・お前に見せようかどうかずっと迷ってたんだけど・・これ・・」
そう言ってカバンから一通の手紙を取り出してサナに渡した。
その手紙を受け取り、差出人を見てサナは驚いた。
サイからの手紙だったのだ。
「それ、本当はサナには見せるなってサイに言われてたんだ。
でも、今のサナを見てたら、それが必要なのかもしれないって思ったから
俺の独断で持ってきた・・・」
サナはその手紙を読んでみた。
サナ、ごめんな。
あんな突き放すような付けたい言葉を言って、本当にごめんな。
本当は俺もサナの事が好きだった。
実は俺、サナの顔知ってたんだ。
マメと二人でプリ撮っただろ?
それな、俺が撮ってこいって言って撮ってきてもらったんだ。
そんでそのプリな、いま俺が持ってる。
悪いな、黙ってて。
短い間だったけど、俺はサナと知り合えて幸せだったよ。
ちょっと気が強いけど、裏表のないサナが好きだった。
自分を飾らないサナが大好きだった。
俺が何か意地悪な事を言うと、拗ねてみせるサナが愛おしかった。
こんな気持ちを俺にくれたサナが本当に大好きだった。
できればこの先、俺と一緒に人生を歩んで欲しいとさえ思ってたんだ。
でも俺は、サナの事を幸せにしてやる事ができないんだ。
俺だけ幸せな気持ちになってごめんな。
俺って謝ってばかりだな。
でもここに書いてある事は、すべて本当の事で、本当の気持ちなんだ。
俺、何でこんなこと書いてるんだろうな。
死ぬ前に、自分の本当の気持ちを、何かの形で遺して置きたかったのかも知れないな。
俺はきっと、来年という未来を迎えられないと思う。
自分の体の事は自分で分かるんだよな。
俺の心臓は、もう長くは持たないってね・・。
だから俺は、この気持ちをこの手紙に、永遠に封印するとしよう。
サナ
大好きだ
愛してる
サイ
サナは手紙を読みながら涙を流していた。
声を噛み殺しながら泣いている。
マメもまた、その姿を見ながら泣いていた。
そしてマメが言っていた『ある人』と言うのが、サイの事だったのだと分かったのだ。
目標も、希望も持てなかったサナだったが、将来サイのようは人を助ける手助けをしたいと思うようになった。
もし自分に、医学的知識が少しでもあったのなら、サイの様子にもいち早く気がついた事だろう。
そうすれば、もしかしたら、サイはいまもまだ、いや、これから先も、ずっとサナの側にいたかもしれない。
もう後悔はしたくない。
サイが好きだといってくれた自分を取り戻したい。
サナの時間はいま、動き出した。
それから数年後。
あの日の思いからサナは看護士になっていた。
どうしようもない暗闇の淵で、大切な人を亡くし、出口を見失い、途方にくれていたサナに、手を差し伸べてくれたのが、同じ大切な人を失ったマメだった。
二人は励ましあいながら、目標に向かって一歩ずつ歩んできた。
止まっていた時間は再び動き出し、いまはサイのように病気で苦しんでる人が1人でも減るようにと頑張っている。
医学は日々進歩をする。
二人はそれぞれに、誰かのために動き続けているのだ。
――― 完 ―――
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