シンジ 2012-12-30 17:18:57 |
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はい。人間の深みを感じる見識かと思います。
社会に出る、社会活動をするというのは、生存競争の渦中に飛び込む事である。闘争本能の本領である。
闘争本能という思考が人体にどんな刺激をもたらすかが問題である。
闘争本能の刺激はホルモン気関に作用しテストステロン・男性ホルモンを生産させる。現代によく聞く話しに、「女性の男性化、髭が生える女性、子や弱者を許し愛せぬ(虐待問題)、女性病人増加」それはこう言うことです。
エストロゲンが女性らしさを養う女性ホルモンである。女性ホルモンと男性ホルモンは相関する。
現代女性は、自ら自身の本性本領である母性を粗末にしているのである。
問題を多くかかえる現代女性の所以である>匿名
精神覚醒こそが政治者
動物原始本能を解脱した精神、それが不可欠である。
多様多彩千差万別の世界観が集う政界、それには聡明さも必要だし寛大さが肝腎要。
女性は本能的だし、男性より才幹や精神世界が貧弱である。
女性も精神と才能はあるから「出来る」はする。しかし、優劣を言うなら男には勝てん
性には2種あると云う。
ジェンダーとセックスだ。
私は、男らしさ、女らしさにこだわるコトが悪いコトだとは思わない。
でも、こだわりすぎは、マイノリティーへの糾弾に繋がりかねないと思うんです。
男かくあるべき、
女かくあるべき、
ならば、そのどちらにも入れない私は「どうあるべきなのか」
秩序の破壊者、はみ出し者として生きるしかないのか。それは哀しく辛いコトです。
私の場合は生物学的にマイノリティーですが、女性でもやはり適正のある人はいます。
やっぱり、そういう人は「女だから」と糾弾されるコトなく、働くべきではないかと思うのです。
性差はあります。
それによって特性に傾向もあると思います。
しかし、個人差は時に、それを上回る。
さじ加減が大切ですね。
主さんは「性差と個人差」についてはどのように考えますか?
真の治政
「政治は、ダイナミックな財力や人脈でやる」
それはなんとも下品下策なるもの也。
政治は、我々凡人も為すべきものである。
否、我々凡人こそが為さねばならぬこと也。政治家とは我々凡人の世を治めるのではない。
我々凡人の世を整えて、その自力の治政力を引き出す者でなくてはならない。
君子は皆知っている。故に君子は下手に地位や名声等は求めない。そんなもんは無くても出来るからだ。
昨日のTVで見た
少数性者だっけか?
自分が分からないと?
人や子供に好きな気持ちがあって育てたいか?
会社や変わった趣味に生き甲斐があるか?
どんな人間なんだ?>匿名
>自分が分からないと?
私は自身を中性と認識しています。分からない、というコトはありません。
しかし、役割決定において重視されるものが「個性<<<<<<性別(男か女か)」なのであれば、居場所がなくなる存在でしょう。
私は性別役割分担を否定しません。でも、それを絶対視はしたくないのです。
中性だから、どちらにもなれる?違いますね。どちらになろうとしても違和感が生じます。
女性を赤い玉、男性を青い玉とすると、私は紫の玉でしょう。赤い玉は赤い箱、青い玉は青い箱に入るのが秩序なら、私はどちらに入ってもイレギュラーになります。
だから性差はある、それによって向き不向きもある、といううえで、それを上回る指針として「個性」があると思っていたい。
誠にその通りですね。
思うのは、自分が奇なる者なら、奇なる人に関わるような事をしてみては?
子供は親に愛され成長するのが普通ですが、中にはそうでない人がいる。健康が普通ですが、病んでしまう人がいる。
そんな変わった人達に関わる事をしてみるとか?
俺も変わっている人間なんですけども、何故だか王道(シンプル)を愛する人間になってしまった>匿名
又々思ったのは
芸術世界、芸能世界はとても精神的でその人個人の人間性の魅力が物を言う世界。
俺は、人間の心の中には
性属性男女
人間性、人間特有の高等精神
人間の知恵でも片付け難い運命性
等があると思っておる。
俺は、性属性も人間性も欠けているが、特別な運命を持った人だった
王道は素晴らしいから
先人の知恵の結晶ではありませんか
自分が奇なる者なら…
ええ、所謂「正常な社会」から距離を置くしかないのでしょうかね。
これとは正反対の発想が「ノーマリゼーション」ではないかと思います。まず「正常とは何か」を問う考え方ですね。
先人が築き上げた社会を「正常ではないかも」と疑ってかかる。それが無益な「秩序の破壊」をもたらすか有益な「新たな秩序の誕生」に繋がるか、それは分かりません。
社会を想うのなら、マイノリティーはその運命を受け入れ、社会から外れたところで生きるべきかもしれない。
しかし、利己的に個人の幸福を願うなら「社会の方にこそ変化を望む」こともできないわけではない。
人とは、社会とは、かくあるべきなのでしょうね。
「決して誤ることのないのは何事も成さぬ者ばかりである。生きたる真理の方へと邁進する誤謬は、死んだ真理よりもいっそう豊饒である」
ロマン・ロランの言葉ですが、私は何にせよ、模索する人か、或いは天性のセンスを持っている人に好感を持ちます。
模索なくセンスなく
ただ他人の言うことに惑わされ、他責ばかりして、己に考えや責任を持たない。
そういう人は、ただひたすら不幸や誤謬に向かっていくのではないか。それも周囲を巻き込んで。
私は多分、王道を良いものと思いながら、それよりもさらに「不確実性」を愛しているのだと思います。下劣で危険な考え方かもしれません。
人間は同じことをし続けると変になる、話がある。
同じ字を書く、同じ数字を書く
赤赤赤赤赤赤赤赤赤
青青青青青青青青青
11111111111111111
人間は変化を本能的に求める生き物です。
赤のままでは、青のままでは、変化の刺激を失い、慣れる飽きるで堕落する。
貴方は世にも珍しき紫なのでしょ?ならば凡人とは一味違う性格があるのでは?
単調は飽きる。だから
青赤黄緑~~~~
男を生きる者、女を生きる者、それとは異して性を捨て芸術に生きる者、スポーツに生きる者。
スポーツや芸術に生涯を費やす彼等は万民を魅了し、その人生の祭り事や花になる。
貴方はその中の紫に成れば宜しいのでは?
しかし・・・此れは所詮精神論の域に過ぎず、現実生活の紫は何か?俺には分からん。
貴方が見付けて下さい。
マツコデラックスを目指すのもアリじゃね?(笑)>匿名
ふーむ…そこまで也か
もしも無礼に思われたら相済まないのですが、貴方の真理も探究の段階にあるものとお見受けします。
私も考えることをやめずにいよう。お邪魔しましたm(__)m
全然邪魔じゃなかったよ~~~♪
先生は・・・「50過ぎてやっと論語が読めてきた」と言う。
賢者が50費やしてやっと?愚鈍の25がどれだけ分かるのやら(疲
25の若さで「最近夢を見ない」的なジジ臭くなるのは御免こうむる。
>434
誤りとは、今更言うまでもない事。
現在は、元より男の本性を女の本性を悟れていない。
それはあたかも、犬に牧草を与えるが如く、馬に肉を盛るが如し。
そうほう、腹を壊さない訳がない。不健康極まりないね
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